2016年6月24日:カルマはアセンションにどう影響しますか?



Q

こんにちは、ティアランさん!
「私は宇宙人」楽しく読ませていただきました。
何回も読んでいますが読むたびに新しい発見がある本です。
噛めば噛むほどみたいな…不思議と何回も読んでしまいます。

自分は若い頃、生きる意味を求めて様々な宗教やスピリチュアルな本を読みあさったり、ヨガや瞑想をしてみたり、修行の会に参加して川で禊を行ったり、といろんな事をやっていた時期がありましたが納得のいく答えを見つけることができませんでした。

でも、「私は宇宙人」を読んだだけで妙に納得してしまいました。
長年探し求めた問いの答えがここにあった!
わずか300円ほどの電子書籍から真理を見つけたという事実。
なんてラッキーなんだろう…そう思いました。

ありがとうございました。もっとたくさんの人に読んでもらいたいですね。

ところでどうしてもわからないので質問します。
本には書いてなかったですが、サイトのQ&Aのところにカルマのことが少しだけ記載されていました。詳しくは書かれていませんでしが、それほど重要ではないというふうに解釈すればよろしいでしょうか?

そもそもカルマについては語る人によって言う事がだいぶ違ってくるので
実体が今ひとつよくわかりません。カルマというものがアセンションにどの程度影響するのか教えていただけると嬉しいです。

PS.
最近、「私は宇宙人」に書かれていたゾロ目の現象が頻繁に起こります。
「あっ、また揃ったな」程度にしか考えず放置していました。エンジェルナンバーっていうんですね。さっそくその番号をネットで調べました。僕がよく目にする番号は「1111」。意味は「エネルギーの通り道が開いた。思考が素早く現実になる」と書いてありました。

そのとうりになっている事を今実感しています。

では、また

A

とっても嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
こちらこそありがとうございます!

価値観って人それぞれですが私は喜んでいただけることが一番心踊ります。幸せエネルギーが二乗三乗に膨れ上がります。本来、私たちは人を喜ばすこと、他を盛り上げること、共に育つこと、それが実って共に祝うこと以上に興奮することはないイキモノです。だから、私たちは個人主義・競争原理のような世界だと本当の力を発揮できません。カルマとか自業自得という表現はそんな世界観の代表にようで私はあまり好きではないのです。   

呼び方が自主的ではなく。どこか何かから必然的に降りかかるような冷たいシステムといった感覚を受けるのは私だけでしょうか?宇宙のシステムはもっとあたたかく突き放すのではなく、いかにしても共にあり離れることなどない愛だとこの頃深く実感しています。

リインカーネーション輪廻は直線的時空のなかではないのですが私たちが成長するために与えられる場、場面のようなもので、私たちが自分の過去生で経験した人生だと思っています。これはすごく大雑把な理解なのですが今はそういうことにして話を進めましょう。

カルマとは自分で作った戒め(イマシメ)、トラウマのようなものですが、宇宙人的に軽く簡単に言うとマイルールです。自分の行いについて改善を促すために次回の場面で前回のNGポイントをいかに修正するか軌道修正のため、自分が自分の特徴や性格を把握したうえで設定したマイルールです。 

決して他の何かから発生したことではありません。

例えば自分がある場面で兵士だったとします。立場や環境、時代背景など逆らえない状態で人を殺める行為に明け暮れていたとします。けれど魂という真ん中の核の部分はそんな言い訳を素直に聞いてはくれません。何せ私たちは愛とか神とか、そういう自分の知りうる最高のエネルギーに一目惚れしてソレに近づきたく、それを手本にまね動くことを進化であると認識しています。なので、魂=核の部分はそれから遠ざかる行為を避けようとして、ダメだしをしてきます。

それでもダメだしを無視した行いを続けると、その場面を修正するために今世中であろうと次回の場面=来世に向けてであろうと、無視出来ないような設定をします。無視すればするほど設定が大きく強くエスカレートするように、あらかじめDNAにインプットしておくのです。ですからすべての細胞が一丸となりあなたが今回こそ意にそぐった行動が出来るよう仕掛けてきます。

簡単に意にそぐわない行動をやめる手段は反対側を経験すること。例ば、自分が殺めるのではなく殺められる経験をすること、これが手っ取り早くその行為を止める、と固く誓う最短の手段です。ですので、カルマ=マイルールはやったことが戻ってくる、やられる側になるというのが定番です。

マイルールはちゃんと無視せず意にそぐった行為ができるようになれば発動しないように設定されています。ですから私たちがカルマを凌駕するのは簡単で魂=核の意に沿う行いを続けるだけです。

エゴの囁きやエゴを駆り立てる世間のノイズに流されず魂の意に従って生きる、ただそれだけで私たちは愛や神、私たちが知る最高の存在に今すぐなれる、だから私たちは自分に負荷をかけて試し/トライし続けています。そうやってもっと大きな愛にもっと深遠な叡知に近づき成って行く、喜びを与え与えられる、えもいえぬ高揚感は一体ワンネスという個では得られない素晴らしい感覚です、これを味わうため互いに経験を与えあう、これがカルマの正体で愛に満ちた共同演出です。

ティアラン

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