怒りは負の感情だからあまり持たない方がいいのでしょうか?



Q

アセンションにむけて全ての生き物やモノを慈しむ気持ちが大事という事はわかったのですが、
どうも昔から権力や金にモノを言わせて弱者を蹂躙したり食い物にしてる奴に怒りを覚えるんですよね。
今も東電や自民党や官僚なんかに度々怒りを感じてしまいます。
若い時は怒りが俺の原動力なんて思ってましたが、やはり怒りは負の感情だからあまり持たない方がいいのでしょうか?
A
何か理不尽な事を知ると人は怒ります。あるいはあきらめて「もののあわれ」を持ち出してなんとなく、その怒りを静めようとします。
でも、心の底に残った感情が全てスッキリ消せるわけではありません。
何でこんなことをする人がいるのか?何でこんな世の中になってしまったのか?
結局それを突き詰めてゆくと、世界の社会構造を金・権力などのパワーで操ってきた人たちにたどり着きます。
そして、もっと深く突き詰めれば何万年単位の宇宙の計画に至ります。
私たちは輪廻転生の世を創り、わざわざその理不尽な世界に身を置くのです。
その世界ではどんな経験も出来ますから安穏の世にいるよりも早く多くの経験を得られます。
すると体験し実際に知ることにより共感できる経験が多くなり、経験の蓄積値が増えます。
ですから許せる範囲が広がります。許すとは上から許可する要に思われがちですが、実は宇宙や神や愛の
「許す」とは共感に基づいています。
相手の状態、その感覚が分かるし想像もつく、そうなった時どう感じどうするかが分かるので、
目の前でそうしている人を責める気にならない、ということです。そして、昔自分もそうであった、
同じようなことをしてしまっていた記憶が戻ったとしたら人に対して怒りを感じるより先に共に辛さをかみしめたり、
出来ない状態のジレンマを思い出し悔しいのだろうなと想像できたり、何何も分からずノリノリで酷いことに加担している
愚かさを魂の若かりし頃の自分照らし合わせたりして、結果怒るというより許す感覚が生じるようになります。
悪者に見える人でも本当にそれが気持ちよく出来るのかな?そう思うとどうでしょう?
この世界を等身大に生きれば、怒って当然です。
しかし、この世界を宇宙観から捉えると、この輪廻転生の世界ではお互いに演じているだけであります。
ですから、悪役やヒーロー役、お母さん役、全て同じ劇団の地球という劇場公演で長い物語ネバーエンディングストーリー
だったということになります。
そして、今こうしてそのカラクリを明かされているということは、もうこの現実という芝居も終わるということです。
このことを知るのもアセンションの準備の一環です。
ティアラン

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